2021年8月9日月曜日

第16回読書会 『キリスト教は邪教です!』


新書読書会「連鎖堂」を開催しました。課題本は、『キリスト教は邪教です!』(ニーチェ、講談社+α新書)。この本は、ニーチェ『アンチクリスト』の現代語訳です(超訳ではない)。

 しかし大学生でもないのに、ニーチェで読書会をしていいのか。「弱い人間やできそこないの人たちは、落ちぶれていくべきだと私は考えています」(17ページ)とかいう本を読んでる場合か、という気もしますが、面白かったです。

 参加者から出た意見は以下のとおりです。さらに、「私のルサンチマン」の話題で盛り上がってしまいましたが、その内容はここには書けません。

 しかし、ルサンチマン(能動的な者への憎悪)の概念を知っていることは、ニーチェ以後の世界では、ある意味、一般教養ではないでしょうか。自分が我慢しているからといって、「我慢することこそ美徳だ」と変換してしまうのは、一種の歪みかもしれないと。

 以下、参加者から出た意見です。


Aさん
  •  哲学者が書いた本を読むのは初めて。著者と対話するような感じになるのが面白かった。キリスト教は女性をバカにしている、というところ(147ページ)を読んで、「それはあんたや」とつっこんだり。
  •  ニーチェがこういう風に書いた背景を知る必要があったのかなと思った。

Bさん
  •  ニーチェも、私と同じく、完全を目指して、不完全なものをこてんぱんにしたくなる性格ではなかろうかと思った。
  •  ウィーンでミサに参加したとき、荘厳さを感じた。畏れや儀式は必要なのでは。キリスト教が滅んでも、ニーチェの望む理性的世界はやってこないだろう。
  •  「ウソ」の構造(140ページ)が面白かった。党派的な人間は必ず嘘つきになる、とか。

Cさん
  •  私(女)の感覚だと、ニーチェは、女性への蔑視がきついところもあるが、処女懐胎などというのは女性や、生殖や、ひいては人間を卑下している(147ページ)という指摘もなるほどと思った。
  •  この前、『マリス博士の奇想天外な人生』(キャリー・マリス著、福岡伸一訳)を読んだらとても面白かったが、そこで、科学が「有無を言わせない真理」と言わんばかりであること(今ならSDGsとか?)が、強く批判されていた。ニーチェは、キリスト教が「有無を言わせない真理」を名乗って傲慢だと批判して、科学に期待しているようだが、科学も、「有無を言わせない真理」を生むことはあると思った。

Dさん
  •  一番おもしろかったのは、ニーチェのイエス・キリスト本人の解釈。イエス本人に対してはかなり好意的で、「イエスはやはり自由な精神を持った人だったのです」「イエスが人類に残したものは、よく生きることの実践です」とか。
  •  あとやっぱり、表現力というか、悪口のバリエーションがすごくて面白い。ウケ狙いの「毒舌」とはレベルが違います。

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 ニーチェなら、ぜんぜん違う視点を導入できます!

 楽しかった!ではまた、いい新書とともにお会いしましょう。